黒田官兵衛の里に行って来ました。

● ツーリングにGO!

黒田官兵衛さん、秀吉の名参謀で有名ですよね。

”黒田官兵衛” この名前は昔から知ってました。どのくらい昔かは定かではないのですが。TSUTAYAからレンタルで海援隊のレコードを借りてきた頃には知っていたような気が・・・。いにしえの記憶。

黒田官兵衛さんの略歴を、西脇市のホームページから以下に抜粋させていただきました。

『我、人に媚びず 富貴を望まず』

黒田官兵衛は、天文15年(1546年)に生まれ、播磨の地で育ちました。
 官兵衛は、若いころから熱心に和歌や文学を学ぶなど高い教養を身につけ、22歳の時には、小寺氏に仕官していた父・職隆から家老職を継いで姫路城代(城主に代わって城を管理する者)となり、その後、織田信長や豊臣秀吉に仕えることになります。
 特に、官兵衛は秀吉の参謀として大きな役割を果たしました。天正10年(1582年)、秀吉が毛利氏と対峙し、備中高松城(岡山市)を攻め込んでいたさなか、「本能寺の変」が起こり、秀吉は主君・信長の死を知り泣き崩れます。しかし、この時官兵衛は、速やかに京都へ向かい明智光秀を討ちとるべきだと秀吉に進言し、世に言う「中国大返し」が成功。秀吉は光秀を滅ぼし、天下統一に大きく近づくこととなります。
 これ以外にも、さまざまな計略や諸大名との交渉に活躍するなど、官兵衛は秀吉の天下取りに大きく貢献しました。秀吉の天下統一が目前となった天正17年(1589年)には、息子の長政に家督を譲り隠居の身となり、「如水(じょすい)」と名を改めますが、その後も、秀吉の側近として小田原攻めなどで功績を立てます。
 秀吉が慶長3年(1598年)に亡くなり、天下分け目の戦いとなった慶長5年(1600年)の「関ヶ原の戦い」では、徳川家康率いる東軍が勝利を収めると、その活躍により長政は家康から福岡52万石を与えられました。その際に、官兵衛も福岡に移り晩年を過ごしましたが、慶長9年(1604年)、京都伏見でその生涯を閉じました。
 官兵衛は、稀代の軍師と呼ぶにふさわしい活躍を見せる一方で、名誉や利益を好まず、倹約を旨とした人物でもあり、その生きざまは多くの人々の心をとらえています。

海援隊の武田鉄矢さんは坂本龍馬好きで有名ですが、黒田官兵衛も尊敬しているとのこと。九州にゆかりがありますもんね。熊本城の黒田長政もだし。その海援隊の曲”二流の人”の歌詞はこんな感じです。

そんなに欲しい天下なら、家康お前にくれてやろう。~ せめて100日関ヶ原続いておればこの天下、俺のものにしていたものを~ 今は天下に未練なし 黒田官兵衛苦笑い 一生ツキがなかったと 黒田官兵衛苦笑い。 

懐かしや。YouTubeにありますので、興味のある方は聞いて下さい。

黒田庄町黒田へ、まずは荘厳寺を目指します!

2026年10月18日、バイクで宝塚市、三田市、西脇市を通って行きます。すると山々の広がる景色が広がり、黒田の庄へ到着しました。

途中、”しいたけランド かさや” さんを通過します。”いちご狩り”や”しいたけのBBQ”も楽しめます。

走って行きます。黒田の庄はこんな風景です。いいね。

生誕の里の碑を確認。荘厳寺はもうすぐです。

荘厳寺に到着しました。立派なお寺です。

説明の看板がいろいろ。ガイドが居なくても、日本語が読めれば安心です。親切~♫

参道を登ると、黒田家展示場があります。NHK大河ドラマ”軍師 官兵衛”当時は、混雑したことでしょう。あれは2014年の事。干支でちょうど一回り前、12年も前の事なのかぁー。一瞬だったなぁー。(´ε`;)ウーン…

展示場への入場は200円です。展示物の一部です。

参道を本堂へ登ります。「紅葉が始まったらキレイでしょうね~。」と思いながら、歩きます。

本堂にお参りしました。丁度、多宝塔は工事中でした。(^_^;)

黒田城へ登城します。

荘厳寺の参拝も終わりましたので、次は黒田城へ登城します。

信長公の頃の戦国時代、お城といえば山城ですよね~。息を切らせながら、登ります。

上まで登ってきました。広場に御社がありました。

「 よっ!元気かぁ~!」と官兵衛さん

黒田城から降りてきました。途中の脇道を通って、当時黒田官兵衛が住んでいたお屋敷の跡を訪問。

岡 稲荷神社にお参りします。

さぁ、次の予定地である「岡 稲荷神社」にやって来ました。バイクや車、駐車OKです。

鳥居が並んでいて、壮観! くぐって参ります。

「と、、トータス松本!」  最後のひときわ大きい鳥居は、トータス松本さん奉納のものでした。2本連続だし、目立ってるぅ~!さすがは芸能人。

ウルフルズファンの方が奉納された絵馬が、数多く並んでおりました。

参拝終了しましたので、参道を下って行きます。

さぁ、事前の予定では内藤ラーメン店で播州らーめんをいただきたかったのですが、リサーチ不足で、日曜日はお休み。甘めの醤油ベースのスープ、飲んでみたかったなぁ。

諦めて、道の駅 北はりまエコミュージアム で地酒を購入し帰路につきました。

「 黒田官兵衛、確かにこの地に居たのだな・・・。」と、戦国という時代を精一杯生き抜いた人物の人生を垣間見る事ができました。この地を尋ねる機会がございましたら、このブログの記事がお役にたてば幸いです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。m(_ _)m